株式会社StarBoard 代表取締役の矢部です。
今日は、日本ではほとんど報じられていない3つの出来事を紹介させてください。この3つを並べて見たとき、僕は正直、背筋が冷たくなりました。
出来事①:サウジアラビアが「10年間の禁止令」を解除し、インドネシア人60万人の受入れを表明
2025年3月、インドネシアのプラボウォ大統領は、サウジアラビアへの労働者派遣を10年ぶりに再開することを承認しました。
このモラトリアム(一時停止措置)は2015年に導入されたものです。理由は、毎年2万5,000人以上のインドネシア人労働者が非合法ルートでサウジに渡り、虐待や賃金未払いなどの深刻な人権問題が頻発していたから。インドネシア政府は自国民を守るため、サウジへの派遣を全面的に禁止しました。
それが10年の交渉を経て、2025年3月にジッダで覚書(MoU)が締結され、最低賃金の保障、適正な労働環境、両国政府による共同モニタリング体制の構築を条件に、派遣が再開されることになりました。
そしてサウジ側が提示した受入れ希望数は、60万人。うち家事労働者40万人、フォーマルセクター(正規雇用)20万人です。
60万人。これは日本の特定技能制度における受入れ見込み数123万人の約半分に相当する規模です。しかも、たった1カ国が一度に求めている数字です。
出来事②:ドイツが、インドネシアの都市に「採用センター」を物理的に開設
2025年6月、ドイツ政府はインドネシアのバンドンとマタラムの2都市に、移民労働者向けのセンターを正式にオープンしました。
ひとつは「MOVE-ID」──ドイツ国際協力公社(GIZ)が運営する「移住機会・職業訓練・開発センター」。もうひとつは「KSM」──ゲーテ・インスティトゥートが主導する「東南アジア技能人材コンピテンスセンター」。いずれもドイツ連邦政府の予算で設立されています。
これらのセンターでは、ドイツ語教育、異文化適応研修、キャリアガイダンスから、実際の渡航手続きサポートまでを一貫して提供しています。つまりドイツは、インドネシアの街中に「うちの国に来ませんか?」という常設の窓口を構えたのです。
日本にこれに相当する動きがあるか? 正直、僕は知りません。
出来事③:日本は介護ロボットに57万人分の夢を託しているが、AIは「最も重要なテスト」に落ちた
日本の厚生労働省は、2040年までに介護分野で約57万人の人材が不足すると推計しています。介護職の有効求人倍率は全職種平均の4倍以上。年収中央値は約270万円で、全国平均を約40%下回っています。離職率は15%を超えています。
この危機に対して、日本政府は介護ロボットとAIに巨額の投資を行ってきました。CYBERDYNEのパワーアシストスーツ、トヨタのヒューマノイドロボット、政府の「ムーンショット研究開発制度」によるAIREC──これらは確かに世界最先端の技術です。
しかし現実はどうか。
ある記事にこんな一節がありました。「7号室の田中さんはアルツハイマーで、2時間おきに恐怖で目を覚ます。そのたびに人間の声と手が必要だ。それに対応するアルゴリズムは存在しない」。
ロボットは「労働」を代替できても、「ケア」は代替できない。尊厳を守ること、恐怖を和らげること、笑顔で「おはよう」と言うこと──これらは人間にしかできない仕事です。
研究論文も同じ結論に達しています。介護施設にロボットを導入した結果、「人間の仕事が減った」のではなく「仕事の質が変わった」。ロボットは人間の労働を”置き換え(replace)”たのではなく”再配置(displace)”しただけだった、と。
3つの出来事を並べて見えること
日本がロボットで57万人の不足を埋めようとしている間に──
サウジアラビアは60万人のインドネシア人を迎え入れる準備を整え、
ドイツはインドネシアの街にリクルーティングオフィスを開設していた。
この3つの事実が同時に起きていることの意味を、僕たちはもっと真剣に考えるべきだと思います。
誤解しないでください。テクノロジーの進化を否定しているわけではありません。ロボットやAIは確実に介護の現場を助けてくれます。しかし、テクノロジーは「人の代わり」ではなく「人と一緒に使うもの」です。
本当に必要なのは、テクノロジーを活用しながら、それでも足りない「人間にしかできない仕事」を担ってくれるパートナーを、世界中から探し続けること。そして、そのパートナーに「日本で働きたい」と思ってもらえる環境をつくること。
サウジアラビアは賃金保障と法的保護で門戸を開き直しました。ドイツは言語教育と渡航サポートを現地で提供する仕組みをつくりました。日本は、何を差し出せるのか。
僕たちStarBoardは、インドネシアの教育機関と直接つながり、一人ひとりの名前と顔と夢を知ったうえで、日本企業にお繋ぎしています。定着率97%という数字は、この「人と人の関係」の積み重ねから生まれたものです。
制度や予算も大切ですが、最後にモノを言うのは「あなたの会社で働きたい」と思ってもらえるかどうか。国と国の競争は、最終的には企業と人の信頼関係に帰結します。
ロボットに夢を見ることは悪いことじゃない。でも、夢を見ている間に、隣の国はもう動き出しています。