先日、「外国人材は『選ぶ側』に、育成就労制度で採用変質」という記事を読みました。読みながら、私自身の最近の出張を思い出して、思わず一人で頷いてしまったんですよね。求人を出せば候補者が並んでくれる時代は、本当にもう終わりつつあるなと感じています。

ジャカルタの面接会場で逆質問をする若いインドネシア人候補者と日本人マネージャーのイラスト

少し前、ジャカルタ郊外の送り出し機関で面接会を開かせていただいたときの話です。20代前半の男性候補者と話をしていて、こちらが履歴書をひと通り確認したあとに「最後に何か質問はありますか?」と尋ねたところ、彼から逆にこう聞かれました。「御社では、5年後に私はどんな仕事をしている可能性がありますか?」

正直、ハッとしました。これまでの面接で多かったのは「いつから働けますか」「お給料はどれくらいですか」といった目の前の条件の話でした。けれども彼は、自分の人生のキャリアパスを真剣に描いた上で、それを叶えてくれるかどうかで会社を選ぼうとしていたんです。同席していた現地スタッフが小声で「最近、こういう質問する子、本当に増えました」と教えてくれました。

帰国後、お付き合いのある介護施設の施設長さんにこの話をしたら、「うちもそうなんですよ」と苦笑いされていました。面接で逆に「御社の離職率は?」「日本語学習のサポートはどこまで会社負担ですか?」と聞かれて答えに詰まった、と。けれども施設長さんは、その帰り道に幹部を集めてキャリアパスの仕組みを作り直したそうです。「外国人スタッフから問われた質問が、結局うちの組織を変えてくれた」と笑っておられたのが印象的でした。

選ぶ側と選ばれる側。この境目は、もう完全に動いていると私は思います。住居、日本語、給与、もちろん大事です。でも、それ以上に「あなたの人生をうちで預かりたい」と本気で言える会社かどうか。そこが問われている気がしてなりません。

そしてここから先、企業が人材を選ぶのではなく、人材が企業を選ぶ流れは、間違いなく加速していきます。これは単に採用市場の力関係が変わったという話には留まらないと、私は思っています。一社一社という「個人の集合体」が選ばれなくなれば、その先には、企業の集合体である「日本」という国そのものが選ばれなくなる。そんな未来が、決して大げさな話ではなくなってきている気がするんです。

候補者から「5年後、御社で私はどんな仕事をしていますか?」と問われたあの場面は、実は「日本という国は、5年後も私たちにとって行きたい国でいてくれますか?」という問いと地続きなのではないか。最近そんなふうに感じています。だからこそ、目の前の一人を大切にすることから逃げないでいたい。一社が選ばれることの積み重ねが、最終的にこの国が選ばれ続けることに繋がっていく。私自身も、自社のスタッフ一人ひとりに改めてその問いを向け直しているところです。