先日、ある記事を目にしました。それは「特定技能2号の在留者数が過去最多を更新し、インドネシア人材がその中でも大きな割合を占めている」という内容です。2号は、長期滞在や家族帯同も視野に入る資格です。つまり「数年働いて帰る」ではなく、「日本でキャリアを積み、人生を設計する」人が増えているということなんですよね。

日本のオフィスで働くインドネシア人材

こういう話をすると、いまだに「出稼ぎ」という言葉を使われる経営者の方がいらっしゃいます。悪気はないのだと思います。かつては確かに、3年働いて稼いで帰る、というモデルが主流でした。でも今、現場で出会うインドネシアの若者たちは、全然そういう感覚ではありません。

先月、ジャカルタで面接した候補者の一人、デヴィさん(仮名・26歳)は、こう話してくれました。「日本で5年働いて、お金を貯めて帰る、なんて考えていません。私は介護福祉士の資格を取って、いずれ自分で介護事業を起こしたい。日本はそのための学校みたいな場所です」。彼女の目には、はっきりと10年後、20年後の自分が映っていました。

この一言が、私の中でずっと引っかかっています。私たちが「労働力」として見ているその人は、実はキャリアを真剣に設計している。給料や寮の条件だけではなく、「この職場で何を学べるか」「どんな成長ができるか」で会社を選んでいる。これは日本の新卒採用と、根本的には変わらない話じゃないでしょうか。

ある中部地方の建設会社さんは、この発想を早くから取り入れていました。社長曰く、「うちは外国人材を”安い労働力”として採ったことは一度もない。最初から、5年後には現場監督になれる人を採っています」と。実際、その会社では今、インドネシア人材が若手日本人社員の指導役として活躍しています。離職率も、他社と比べて圧倒的に低い。

「出稼ぎ」というフレームで見ると、採用も定着も、どうしてもコスト視点の議論になります。でも「一緒にキャリアを築く仲間」として見た瞬間、企業の打ち手はまるで変わる。教育投資は惜しくなくなるし、長期のキャリアパスを一緒に考えるようになる。結果として、人も定着する。

言葉一つで、採用の質が変わると私は思っています。「出稼ぎ労働者を採る」のか、「未来の幹部候補を迎える」のか。どちらの言葉を使っているか、一度ご自身で振り返ってみてください。インドネシアの若者たちは、もうとっくに次のステージに進んでいます。私たち受け入れる側も、そろそろ言葉をアップデートする時期なのかもしれません。